忍者ブログ

[PR]

2024年05月19日
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

かみさまのとり 

2010年09月23日

*




 たちのぼる煮炊きの煙は夕闇の空へ消えてゆく。美味しそうな匂いが漂い始める中、ワユは一人うろうろと駐屯地をさまよっていた。目指す人の姿を探して視線はあちらこちらと動き回る。
 黄昏時ともあってなかなか見つからないのは何も目が利かないせいだけじゃない。ややあって見つけた人影に向かって走りだした。
「やっと見つけた!」
 探し出した相手はほんの少し驚いたものの、別段不機嫌になることもなく、むしろ仕方ないなぁくらいの顔になった。初めて話しかけた時からはかなりの進歩だ。最近は一緒に戦ってくれるようになったのだから。
「探したよ!鴉王。あんた黒くて全然見つかんない」
「ひどい言い様だな」
「もうすぐご飯だってのに列から外れるのが悪いんじゃない」
 許しもなくさっさと隣りに座り込む。
「昨日もご飯の時いなかったけどなんで?」
「俺がいたら飯が不味くなる奴等がいるからな」
 鷹や獣牙のものたちがそうなのであろう。軍の中のラグズたちのなかでも鴉は浮いた存在だった。いや、浮いているのではない、味方の軍勢にあっても鴉だけは敵なのだと見られていた。
 ラグズたちのなかで何があったかワユは知らないし聞いてみようとも思わない。目の前に在るものしか信じないからだ。
 裏切りものだと言う。しかし裏切りものに見えないのだとワユは思う。だからワユは鴉王のセリフに、
「そうなんだ」
 とだけ返した。
 鴉王のいらえは無くてしばらく二人で薄暮のなかせわしなく動き回る人々を見ていた。



「羽根?なんだってそんなもの欲しがるんだ?」
 夕日が沈み、残照の残るなか、突然のワユの願いに鴉王はすっ頓
狂な声をあげた。
「お守りにするの」 と続けたワユに鴉王はますます顔を歪めて笑った。
「裏切りだ策謀だなんだといわれの悪い鴉の羽根なんざ護符になるかよ。まぁ悪名高い鴉の王だ、誰かに呪いをかけるにゃてきめんかもしれんがお前はそういうたまには見えんがね」
 刀をひとつ信じて大陸を渡る女剣士のすることじゃない。もちろんワユも頷いて、
「呪いなんてまだるっこしい。そんなのやるより、たたっ切れば済む」
 と言った。
 ぶっそうな事をサラリと言うあたりグレイル傭兵団の人間だ。実際呪いのような後ろ向きで実効性の薄いものなど当てになるはずがない。もし効いたとしても「気がすまないじゃないの」と言う。
「じゃあどんな効能があるんだよ。よっぽど鷺のほうが有り難みがあるだろうに」
 リュシオンにたのんでやろうか?と鴉王が尋ねて来るのでワユはブンブンと頭をふった。
「ううん。あたしは鴉王、あんたの羽根が欲しいんだ」
 その夜の闇より青い美しい羽根を。
 本気で言ってるらしいと思った鴉王は仕方ないと自らの翼から一枚、そろそろ生え変わりそうな羽根を抜き取った。根元の産毛はふかふかと柔らかで先になるにつれシャープな張りのある羽根は大鴉の羽根にふさわしく濡れたように美しい。
 差し出された羽根を受け取り、よほどうれしいのかワユが満面の笑みを浮かべるのに鴉王は溜め息を着いた。
「お前も大概物好きだな」
 そんな真っ黒い羽根なんざもらったところで何がうれしいのやら。と言ったらワユは不思議そうな顔で鴉王を見て来た。
「鴉は女神の鳥なんだよ」
 ワユの言葉に鴉王の顔に穴が開いたようになる。
 鴉とは裏切りの象徴だと。そんなの耳がタコになるほど聞いて来たし、いまさら面と向かって言われたくらいで傷付くかわいい性格じゃない。しかし今まで聞いたこともないセリフに、鴉王は呆けた。むしろ聞きまちがえじゃないだろうか。
「そいつはまた、壮絶な冗談だな」
 やっとのことで絞りだした言葉には抑揚が無い。あまりにも突飛なセリフ過ぎて頭が付いて行かないのだ。
「あたしの住んでた村、そりゃあド田舎なんだけどね。昔から女神様の遣いは真っ黒い鳥だって繰り返し聞かされてたんだ。」
 あまりにも眩しい女神のお側に居続けて、白い翼はやがて黒く染まったのだ。これでもう女神の炎に焼かれることもなく仕えることが出来ると黒色に染まった鳥は満足してより一層励んだと言われている。黒鳥は、女神と人々をつなぐ伝令だったのだ。
 その翼は一日に大陸の半分を飛んだと言う。
「鴉王を初めて見た時、きっと女神の鳥はあんたみたいな姿をしていたんだろうと思ったよ」
 まさかそんな夢物語など信じてはいないが、黒い翼は私にとっては畏敬の存在なのだ。
手にした黒い羽根を掲げ、これは飾りにして肌身離さず持ってゆく。と言うワユの目は限り無く真剣だ。
「ありがとう鴉王」
 鴉王が頷く前に、遠くで当番の男が皆に向かって食事だと叫んだ。
「行こう、鴉王。早くしないと大将がみんな食べちゃう」
 笑ってワユが手を差し出して、鴉王は苦笑を浮かべながら手を取った。
「やっぱりお前の趣味はおかしい」
 呟いた鴉王にワユは笑うばかりで答えなかった。
PR