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2025年05月16日
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あなたがわたしの死
2010年09月23日
天も地もあるものか
向けられた剣に微塵の迷いも無い。空色だと思っていた瞳は今は冷たく凍るアイスブルー。すうっと細めた瞳は、暗い光をともしていた。
「ルーク逃げて!」
真っ先に足をやられたティアは地べたに這いながらそれでも手をルークのほうへと伸ばしている。意識の無いナタリアたちは、彼女よりは幸せなのだろうか。この、幼馴染の変わり様を目の当たりにしないですんで。
足は地面に縫い取られているようにまったく動かない。
息が詰まって苦しい。のどをかきむしりながらぜいぜいと短い呼吸を繰り返す。
どうしてだと。
その一言が言えずにいる。
ゆらりと人影が動いた。
間近に見ていた分、その剣の鋭さは十二分に知り尽くしている。その太刀筋も、癖も知っているはずなのに。
無意識に腰から抜いた剣で応対する。
ぎち、とお世辞にも綺麗に受け止めることが出来ずに後ろによろめいた。
「どうした、切っ先が震えている」
その声はまるで歌うよう。
愉悦に満ちて、口元は薄く笑みさえ浮かべている。まるで幸せな夢の中にいるかのように。
だけどこれは紛れも無い現実。真実。
アイスブルーの瞳は決して正気を失っているわけじゃない。
彼が、これを望んで、そうしたくて剣を向けているのだ。
「俺を、―――殺したいのか」
搾り出す声はからからに乾いてひび割れている。少しの湿り気が欲しくて下で唇をなめた。
「殺したい? そんな生易しい言葉じゃ足りないな」
ひゅ、と風を切る音。
一撃をよけることが出来たのは僥倖に等しく、肩口のシャツが引き裂かれた。
「さあ、見せてくれ」
次々に繰り出される剣をかろうじてかわしたり、剣でさばく。ひとつ、またひとつと皮膚が裂けて血がこぼれた。どれも致命的な傷にはなりえず、けれど血は流れ、それを繰り返すうちに意識が朦朧としてきた。
精神的な傷と、失血の量。
どちらがルークを消耗させたのか。
「――――っく!!」
ルークの剣が大きく弧を描いて後方に飛んだ。草むらの中に落ちたのか、がさりと音がしたけれどそれを確認する暇は無い。額を流れる汗でにじんだ視界で、じっと正面をにらみすえる。
これが、俺の死か。
やがて時が来れば音素になってオリジナルの元へと帰ってゆくこの命だけれど、そのときを待たずしてこの刃によって果てるのか。
それも、
――――悪くない。
肉薄してくる刃のきらめきを見つめ、体から力を抜いた。
お前に殺されるのなら、べつにいいよ。
最後に間近に見えた青い瞳。
そっとルークは微笑んだ。
*
「………ク ………ーク!!!」
意識を取り戻したのは見知らぬベッドの中でのこと。体はだるく鉛のように重い。きっと血を流しすぎたせいだ。
横を見やれば心配そうなティアとナタリアの顔が見えた。すこし疲れているように見えるのは、きっと二人とも必死になってヒールとリカバーをかけてくれたせいだろう。そのおかげか体に痛みはまったく無い。
「お、れ……なんで?」
生きているの。
あの時死を覚悟したはずなのに。
ナタリアの視線が申し訳なさそうにティアのほうに向けられる。つられてルークもティアの目をみた。
ティアは、眉をひそめ、言いよどみながら答えた。
「また来る。そのときはちゃんと殺せるようになっていろ」
ティアの声と、あの時うた歌いのようだった青年の声が重なる。
どういうことだ。
わからない。
どうして。
なぜ。
答えろ、ガイ!!!
けれど思い出すのは屋敷での優しかったあの笑顔ばかり。
空転する思考。
ルークは力もろくに入らないこぶしをベッドにたたきつけた。
*
ガイラルディア・ガラン・ガルディオス。
それが彼の名だとジェイドは言う。マルクト帝国ホド領を治めている、いや治めていたそれなりの家格をもつ伯爵家。たどれば皇帝の血にも連なるという古い血筋の家だといった。
彼がファブレ公爵家に伺候していた理由はただひとつ。
失われたガルディオス家の誇りと血を、それを奪ったファブレ家の誇りと血で贖おうとしていたのだ。
俺は、ただの復讐の対象でしかなった。
わけもわからず放り出された白い部屋に、やってきて始めて俺に挨拶をしてきた日をおもいだす。
(ルーク様。はじめまして、あなたの付き人のガイ・セシルです)
うやうやしくひざをついて臣下の礼をとる。金の髪がキラキラして俺はただ綺麗だと思うだけで、彼が何をやっていたのかそのときは理解できなかった。物事の分別がついてから、彼は、彼だけが自分にたいして「はじめまして」と言ったのだと気がついた。
俺はそれがうれしかった。
以前のルークにならなくてもいいと、そう思ったんだ。
だけど、そのとき伏せていた彼の表情はどうだったろう。
見えない顔で、もしかして嗤っていたんじゃないのか。殺すべき対象が白雉となって帰ってきて、復讐の対象であるファブレ公爵の受けたショックを嘲笑っていたのではないか。
いいや、とがぶりをふる。
そんなはずは無い。
塗れた髪を丁寧にぬぐって乾かしてくれたのも、うまくいかないボタンをはめてくれたのも、読めない字を指でなぞって教えてくれたのも、スプーンの持ち方を教えてくれたのも、眠れない夜に本を読んでくれたのも、馬鹿みたいないたずらを一緒にやったのも、全部。
全部彼だったのだ。
ガイラルディアだなんて、そんな男は知らない。
自分を1から作り上げた、いちばん大きな手の持ち主はそんな名前じゃなかった。
ガイ・セシル。
お前だけだよ。
だから俺はお前に会いに行く。
お前が、ガイなのか、ガイラルディアなのか。
それとも違うなにかのか。
会いに行くよ。
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